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ROCK DIARY 2017年3月

青年期の僕に大きな影響を与えたROCKな詩人ボードレール



 ボードレールと言う詩人に出会ったのは高校生の頃だった
 限りない洞察力の持ち主の彼にすぐに僕は惹かれてしまったのだ
 芸術は長く、人生は短い・・・・ボードレールのその洞察力に驚かされた
 20代にかけて僕は彼の文章に目をとめ、そして想像力を湧かせてきた

 彼は、悪の華という我々現代の表現者に警告をだしていた
 近代詩人はボードレールからはじまったと思う
 ランボー、ヴァレリー、マラルメ・・・・・と続いて行く

 有名な翻訳者は堀口大学だと思う。この翻訳者がいたからこそ
 僕たちはボードレールに出会えたのだ
 もしも仮に掘口ではなく他の翻訳であったなら
 どうだったろうか?
 ありえないと僕は思う

 暗黒内界の吐露
 ――背徳、魔性、退廃、反逆、官能、甘美・・・・

 10代だった僕に投げかけられるこれらの言葉は全てが
 衝撃的だった。
 これこそがROCKの起源ではないのか?
 そう思った

ま、感性を研ぎすまして文章を追っていけば、
なんなのかがだんだん自分の中でわかるようになって
くると僕は思う。これは所謂、ROCKでもある


 



中学、高校時代、ピーターガブリエルはボウイの次のメイクの先生だった



ジェネシス、そしてソロになってからとピーターガブリエルの衣装やメイク、小道具などもうなにからなにまで10代の僕を魅了した1970年代のガブリエルだった!ジェネシスがプログレ?って感覚よりもむしろガブリエルのパフオーマンスにやられてしまい、当時のミュージックライフにガブリエルの新しい写真を見るのが大好きだった。物凄くガブリエルの奇想天外な発想の衣装やメイクに、ここまでするかって思う程僕を刺激し続けてくれた。


16世紀、17世紀のメンズの服装はROCKだった



絵画に幼少期から興味のあった僕は中学生の時にクラシカルな16世紀や17世紀の西洋絵画を見ていて思ったのがこの時代の西洋人のヘアスタイルや服装でした。男なのにセットしてある髪やロン毛を見て、こりゃROCKだわ!!って思いました。なによりもこの時代の服装は現代のロックアーティストのステージ衣装として十分にかっこいいじゃないかと思えたんです。1620年代までのスペインファッションの様子は、特徴としては服にきつく詰め込まれた詰め物と固い飾り襟によって威儀を正す、大変格式ばって動きにくいものであったらしい。

1630年代頃には世俗世界ではほぼ完全にスペインスタイルが駆逐され、騎士達の間でより柔軟で活動的なファッションが主流となる。 タマネギのように膨れていたオードショースは詰め物が取れ、レースの付いたリボンや飾りボタンで膝下で裾を留めた上から「カノン」というレースの膝留めを飾った。 生地に切れ込みを入れて飾るプールポアンは引き続き着られたが、腹に詰められていた詰め物が廃れて自然な体の線を描き、袖丈や着丈は徐々に短くなって、服の内側で結んでいた「エギュイエット」(オードショースを吊るリボン)は鳩目を通して外側で結ばれてリボン飾りの役割も果たした。 そして、襟は柔らかく垂れさがった通称「ルイ13世襟」を付け、コラーという袖のない革の上着、爪先の尖った膝丈のブーツ(後に上部を大きく折り返した腿丈のブーツ)、宝石を飾った剣、マントルというケープ型の外套を片方の肩に引っかけ、「レスポンダン(感応)」という鍔の大きく広がったフェルト帽をかぶった。 この時期からのファッションには豪奢な毛皮や金糸銀糸の重厚な刺繍よりも、「ギャラント」という色鮮やかなリボン束が好まれてあちこちに飾られるようになる。


お洒落なサウンドってスパークスが最初の衝撃だった



1960年代からロサンゼルスのクラブで演奏を開始したというスパークスは中学時代の僕を驚かせたサウンドでもあった。なにより、これが西海岸で生まれるサウンドとは最初は到底見当も僕はつかなかったので困惑したのだ!エレクトロポップサウンドをいち早くとりいれたスパークスは当初、テクノとは異なっていたのは確かだ。スパークスは癖のある曲作りで知られる。その歌詞は皮肉かつ辛辣で、そのステージは、天真爛漫で派手なアクションのラッセルと、キーボードの前に座りっぱなしでしかめ面をしているロンとのコントラストに象徴されるように独特なものである

長い活動歴の中でグラムポップ、パワーポップ、エレクトロニック・ダンス・ミュージック、メンストリームのポップ・ミュージック、最近ではチェンバー・ポップとジャンルは多岐にわたっている。しかし、スタイルは多様ながら、明らかに「スパークス・サウンド」と呼べるものが一貫して存在し、デビュー以来カルトなファン層を掴んでいるのは頷ける!我が道を行くという意味ではここまで凄い兄弟もいないのではないだろうか?


 


僕とパンクファッション



僕は幼少の頃から物心ついた時からファッションにはすでに興味があったんだ。幼稚園の頃だってよくみる肩から下げる幼稚園バックは持たずに007のおもちゃのアタッシュケースをもってでかけた。着るものとか靴とかそういうものをすでに幼稚園時代からこだわっていた!そういうと、皆、嘘つけって言われるけど、本当のことなんだ。きっと5歳上と10歳上の兄がいたからお下がりも少し先端をいったものを身につけていたのは確かだったと思う。ファッションの話になってしまうと、どうしてもマルコム&ヴィヴィアンのことは欠かせない話になる。グラムロックのコーディネート以来の衝撃がパンクファッションだったからだ。僕は高校生の頃に彼等からあまりにも多くの事を学んだんだ。服のことだけじゃない、ようするにイメージのつくりあげかたを僕は彼等に影響を受けたんだ


Tubesのステージ構成は10代の僕を刺激した





ロックフリークス以外はTUBESなんて全く興味ないって思われるバンドのひとつだったと思うのですが、このアルバムを聴いたのは中3時だったかな?高校生の頃だったかは忘れたけどはっきりいって、こういうのはROCKだよなって思ったバンドのひとつであったのは確かですね。曲によってはロングブーツにキラキラした衣装だったりレオタードチアみたいな衣装だったりSM的な女性がダンサーとして従えていたり、なんとなくロッキーホラーショー的なショーを見せてくれるバンドだったので最も僕は理想的なステージワークだと当時思いましたね。こういうLIVEがかっこいいよな!見ていて絶対に飽きないよな!って思いました。これが、サンフランシスコベイエリアあたりのバンドだってことではあるけど、ま、シスコと言えば世界一のゲイ文化の街でもありこの雰囲気がつくれたんだろうと思ったものです!70年代って案外世界的にロックが万延していた時代でした!チューブスってかっこいいね


カートコバーンにも影響を与え続けたバロウズはROCK



人はいろいろな生き方がある。人は誰しも想像力がある。そして表現すること、それはROCKなんじゃないのか?そんなことを高校生の頃に考えていた。アメリカのサイケデリックムーブメントやヒッピー文化が流行したのは1960年代の中期〜後期のことで僕はまだ幼少期であり、当時の20代の若者文化や思想に興味をもったのは高校生になってからの事だった。ビートニク!ビートジェネレーションなる文字は10代半ばの僕の目にすぐにとびこんできた。ビートの詩人、文学者の一人にウィリアムバロウズがいた。バロウズはWilliam Seward Burroughs IIは50年代のビートニクを代表する作家の一人だ。1960年代にバラードらによってニューウェーブSFの輝く星として称えられた。私生活ではウィリアムテルごっこをして誤って妻を射殺したり同性愛者の男性にふられて小指を詰めたりするなど、何かとエピソードに事欠くことがなかった。そんなバロウズは数多くのロックミュージシャンに影響を与えたのは言うまでもないが、彼の書籍を読んで、なんだかまったくわからないという感覚は一般的な捉え方にすぎず、ストーリーそのものを読むということよりもどんな文字や文章を羅列しているかを想像して読んでみるほうが僕はいいと考えている。そもそもストーリー的なものになにかを求めてしまう感覚のほうがROCKではない!高校生だった僕はビートって?なるほどなとしか考えてはいなかった。それが正しいとは言わないが、どう捉えようがいいんだってことをバロウズに教えられたように思う。


MC5を知った中学生の僕は歓喜したものだよ



ROCK好きな人にしか受入れられなかったMC5というわけですがね、60年代後期から70年代前半にかけてこのアメリカのバンドは思春期の僕を刺激したバンドのひとつではありました。けしてメジャーでは売れていなかったですね!というのはあんまりとりあげられていなかった!渋谷陽一(ロッキンオン創始者)がもう少し早くいたら、がんがんとりあげてくれたと思うけど、当時の音楽評論家なんぞ渋谷氏がでてくるまではセンスもへったくれもない人ばかりでしたのでMC5は知る人ぞ知るのロックバンドでした!こういうバンドというのは、ロックフリークスの為のROCKだったと思うんですよ!


ガーターとランジェリーはROCKなんです



エロティックであること!これはROCKのもつ全ての要素があると思ってしまったのが僕が中学生の頃の事だった。思春期の頃って男の子は誰しもが(1970年代)女性の裸に当然のように興味をもつお年頃だった。僕は裸よりもチラリと見える方がどうもエロティックなことだと思えてならなかった。例えば、女性のランジェリーであったりガーターベルトであったり、全部見えていないほうが狂気であり刺激的なことではないのか?と思えたものだ。ROCKも丸裸にしてしまったらなにも色気もないし面白くもない。ROCKとは想像力の芸術でもあり、全部証さないというのが僕的にはROCKそのものに思えてならなかったのだ!そういう意味で女性も同じことが言えて全部見えていたら、面白くもなんともない!想像力をかきたてらないものはROCKではないんだと思っている。


イギーが思春期の僕を満たしたんだ!



1973年は僕は中学校1年生で13歳の思春期の頃をむかえていた。最もこの頃が僕には毒が必要とした年齢だった。他の同級生はどうだったかなど知る由もないが僕はもう全てがこの頃は溜まりに溜まって出さなければどうしようもないほどの衝動にかられていた少年期でもあった。グラムロック全盛期でもあり、ハードロック全盛期でもあり、僕にしてみれば最もいい時代背景の生活を送っていた頃でもあった!デビッドボウイ、スージークアトロ、クィーン、レッドツェッペリン、ルーリードなどなど好んで聴いていたがTREXをはじめて聴いて僕は、ああ、これだって思えた!その後、僕は発売されたばかりのストゥージーズのローパワーのアルバムを聴いて10代の思春期の僕は満たされ、そしてイギーポップの虜にさえなってしまったんだ。


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