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ROCK DIARY 2018年8月

日々ROCK的な・・・



ヘアそしてファッション
生涯そういうことに
こだわり続ける人生って
満更
70歳や80歳超えたときに
他の人と比較すると
全然、素敵な人生だと思う

歳を重ねると
いろいろと諦めたり
身体も思う様に動かなかったり
個人差は明らかだ

しかし
ヘアとファッションに
生涯こだわり続けてきた人は
なにかが違う。

SAIKAに来店されている
70歳〜90代のお客様は
男女共に生命力さえ違うことを
実感できている
そして
なにより枯れていない

これって
本当に凄いことだと思う

SAIKAディレクター 齋藤嘉弘

日々ROCK的な・・・





ずっとROCK的な背景を
いつもいつの時も少年時代から
探し、見つけようとしていた

ROCK的な職業とは
なにもミュージシャンだけの
話だけではなくて
写真家もファッションデザイナーでも
グラフィックデザイナーでも
画家だろうが
その捉え方はいろいろある

僕は美容師という職業を
選択して年齢には関係なく
かっこいいと思える
ヘアスタイルをつくりたいと
思った

ROCKというと
一般的には過激?
髪の色がカラフル?
エクステンション?
などと捉えがちだけど
それは浅い捉え方だ

なんでエディスリマンの
ディオールなら
一般的に支持されるのか?
単なるディオールという
ブランドの強みだけでしかないはず

ROCK的?
僕の言うところの
ロックスピリッツは
全ての男女が
誰よりもかっこよくなる
という単純な発想でしかない

SAIKAディレクター 齋藤嘉弘

日々ROCK的な・・・



少年時代から
デビッドボウイの
やることなすこと
ずっと見て来たんだ
彼は天才だと思う
天才っていうと
なにか特別なものに
感じるかもしれないけど
そうじゃない
ボウイは自分が
美的だと思う事を
死ぬまでやり続けてくれた
唯一無二の存在だった
その時代の流行を
とりいれたんじゃない
ボウイは自分の
いま、やりたいことを
美しく表現してくれたんだ
ボウイと同じ時代に
いれたことは
本当にボウイに
感謝してる

SAIKAディレクター  齋藤嘉弘


日々ROCK的な・・・



大切なことは
自分の生き方じゃないかな?
僕は徹底して少年時代から
美的なこととはなにかを
研究し勉強してきた
流行って
必ずいつのときもある
でも、よーく考えてみるんだ
流行してるけど
これって本当にかっこいい?のかなって

ファッションにしても
食事にしても
旅行にしても
自分が好きでもないものを
流行だからって
生活の中にとりいれる
必要があるだろうか?

美容師をやっていると
いま、なにが流行してるんですかって?
質問をよく受ける事あるんだ

ところが僕はそういうことを
見逃しているわけでは
けしてなくて、新しい情報は
常にアンテナをはっているんだ
なので、即、こたえることが
できる。TVもよく見てるし
新聞も読むさ。

美容室って
情報を発信しなければ
ならないところだから
ふつうの人よりも情報は
いれておくようにしてる
ただ興味があるかどうかは
別だけど・・・

SAIKA  ディレクター 齋藤嘉弘

日々ROCK的な・・・



自分の見ているものは
全てが、かっこいい?のか
ってことでしか判断してきていないんだ
かっこ悪いのは残念ながら
興味の範疇にない
僕は美容師を職業として
やっているじゃない
似合わない髪型を
注文されることも
もちろんあるよ
そういうときは
こんな感じの方が
似合っていると思うって
アドバイスをさせて
いただくんだね
最初から似合わないって
思っていることは
正直僕としては辛いんだ
でも僕は技術をもっているから
オーダーされてものは
なんでもできる
できるけど
やらなくていいよね?
それが日々ロックという
人生を歩んで来た
由縁だと思うんだ

SAIKA ディレクター 齋藤嘉弘


日々ROCK的な・・・



13歳の頃に
グラムロックを知った
1973年の事だった
正直、マークボランにしろ
デビッドボウイにしろ
男がメイクするということが
衝撃的だったんだ
そこで
僕は実家が資生堂の
化粧品を扱っている
薬局だったので、倉庫に
行けばたくさんの見本の
化粧道具があったから
親には見つからない様に
部屋にもってきて
自分の顔を
ボウイやボランの写真を
見ながらメイクしたものだった。
目のまわりを黒くするだけで
そりゃグラムロックになったよ!
僕にとって日々ロックとは
音楽のことだけじゃなかったんだ
メイクとかヘアスタイルとか
そしてコスチュームすべてが
僕にとっての日々ロックだった。
そんなことを50年も続けているんだ
50年?
そうなんだ
ザビートルズが来日したのは
1967年だった
当時、7歳だった僕は
すでにビートルズのFUNだった
10歳、5歳と離れた
兄が二人いたおかげだ。

SAIKAディレクター 齋藤嘉弘


日々ROCK的な・・・



ヘアスタイルって
誰しも少年時代から
こだわりを持つべきだと
思うんだ
ヘアスタイルがかっこよく
なければ、どんなイケメン
だろうが本末転倒だって
僕は子供の頃から
そう思って来たんだ
髪はさっぱりするために
髪を切る人もいるけど
自分はそういう少年では
なかったんだ。
髪をカットするということは
伸びきった今の髪より
さらにかっこよくなるために
カットするものだと思っていた
しかし、どんな理容師も
美容師も髪をカットする
技術はあっても
かっこよくできる
技術を持っている人は
少ないと思う。
SAIKAが存在するのは
そういうかっこよく
したい人の為にあるんだ

SAIKAディレクター 齋藤嘉弘

日々ROCK的な・・・



punk rockのヘアスタイルだけが
SAIKAにおけるヘアスタイルの
全てではけしてない
しかし、punkのヘアスタイルを
僕は一般の美容師さんのテクニックで
カットできる人なんてこれまで
見た事がない。

僕は美容師になる以前の高校生
だった頃(1975)にすでに
友達の髪を全く技術もない状態で
髪をカットしてあげてた。

それが、どうも短いところが
あったり長い箇所があったりしてね。
するところがかえって
パンクっぽい髪型に
切れたんだ。

ジョニーロットンみたいな
ヘアにカットしてくれと言う
注文を16歳の僕は見事に
再現できた。

僕がヘアカットをする
基本がこんなところに
ただあっただけなんだ

これは、自慢話かって?
そう自慢話じゃないかな
だって当時、友達は
気に入ってくれて
¥2000くれたんだ

今の時代、¥1000カット
がある時代じゃない
もう40年も前に
たかが素人の小僧が
カットしたのに¥2000は
イマ思えば、凄いなって思うな

SAIKAディレクター 齋藤嘉弘

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