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ROCK DIARY 2019年6月

2019年8月9日(金) 日々ROCK的な・・・



パティスミスやルーリードがいたおかげで70年代中期から後半にかけての
僕の高校生活は満たされたものだった。中学の頃はずっとロンドンの事を
イメージしていたが高校になると僕の興味はニューヨークだった。

パンクロックがどうとか、ベルベットアンダーグランドがどうとか
僕には関係のない話であってニューヨークをイメージするのに
ルーリードやパティスミス、そしてラモーンズは重要な役割を
果たしてくれていた。

ニューヨークで暮らしてみたい。それが10代の半ば〜後半の
僕の最大の憧れであり感心事のひとつだったことは間違いない

SAIKAディレクター 齋藤嘉弘


2019年8月8日(木) 日々ROCK的な・・・



ファッションの事を考えるとそれだけで幸せな気分にいつも
させてくれた。たぶん、昔から衣食住と言われて来た様に
この3つのことが満たされるならば、ある程度の幸せは誰しもが
感じれるものなんだと10代後半の僕はそう思っていた

ファッションは好きなものに着がえることができるけど
髪型は生理的なことだから、簡単にヘアスタイルを変えた
ところでしっくりこなかったり、似合わないとイライラする
ことを子供の頃から僕は感じていた。

ヘアスタイルは生理的なことだからもっとも
大切なことだと思う。

SAIKAディレクター 齋藤嘉弘


2019年8月7日(水) 日々ROCK的な・・・



1973年の僕が中1だった頃にはじめてニューヨークドールズを聴いた。
演奏がヘタなローリングストーンズだと思った。
76年の高1の頃にセックスピストルズを聴いた。
あれっ?この音の雰囲気ってNYドールズみたいって思ったものだった
日々ROCK的な生活を送り続けていた10代の僕は
ロックンロールのかっこよさって
演奏や歌の上手さではなくて
きっとこういうものを言うのだろうと感じた
この頃にジョンレノンはロックンロールの
アルバムを発表した。
ロンドンはパンク一色になりつつある頃だったし
NYはラモーンズがCBGBで暴れているという
報道をよく耳にした頃だった

SAIKAディレクター 齋藤嘉弘





2019年8月5日(月) 日々ROCK的な・・・



70年代のNYはモダンティストをいち早く世界に
発信していたところだったと僕は思うのです。
アンディウォーホルのクリエティブ意識は
それまでのアート界の常識を破っていたし
何より僕はアンディに傾倒していました
アンディ信者みたいなところがあって
少年時代に思ったのは
アンディのやった全ての事を
僕も大人になったら実現してみたいという
大きな夢を抱いたものでした。

SAIKAディレクター 齋藤嘉弘


2019年8月4日(日) 日々ROCK的な・・・



ニューヨークのマンハッタン地区ダウンタウンにある
SOHOはこどもの頃から僕が憧れていた場所だった
ここを実際に訪れたのは1987年だった。

ファッションデザイナーやアーティストが住む地域として
有名だったし、ここで生活しアメリカで暮らしたいと
10代の僕は考えていた。

僕の中には常にイメージだけが先行していたと思う
パリならモンマルトルやモンパルナス、あるいは
ルマレ、ロンドンだったらカムデンタウンだったし
ドイツならベルリンのミッテだし中国であるならば
上海の莫干山路50号 、北京ならば798芸術区

そういうところがイメージにずっとあった。
東京となると原宿であったり青山、麻布なども
はいるのだろうが、1979年に東京に上京した
僕は東京のアートシーンや音楽シーンなど
そういう仕事に関る夜な夜なと遊ぶ人間とは
肌があわなかった。

というのは、東京人の流行を追いかける人って
軽薄な人が実に多いと感じていたし
ただの見栄っ張りの集まりだと僕は感じたものだ

クリエイティブというものを考えた時に
中身のない表面だけの大人とのつきあいは
けして僕はしなかったし関りたくないと思った

僕は人を軽蔑したりする業界人が大嫌いだったし
この人達が東京の最先端をつくりあげているのかと
思うとがっかりしたものだった。
僕はこの頃、美容学生であり18歳だった

SAIKAディレクター 齋藤嘉弘



 

 



2019年8月3日(土) 日々ROCK的な・・・



世界中の変化の速度というものは国によって
まったく違う。それもこれも政治の構造であったり
宗教的観念の意識の違いはその国によって違うわけです

英国と米国そして日本において意識的な変化には違いが
ありすぎりると中学生の頃に考えていました。そのことに
興味を抱いたのはブリティッシュロックとアメリカンロックの
違いでした。文化が違うとここまで違いがでるのだと思いました

70年代の初頭の日本のROCKといえば、フレーズがどこかで
聴いたことがあるようなものが多かったですが日本語をROCK
表現するというのは単に難しいものだと思っていたものです

新しいものが完成されていくときに、この速度が70年代前半には
よくよく感じとれていたものですが実は現代も同じ様にその
速度の違いは感じとれることもあります。

SAIKAディレクター 齋藤嘉弘


2019年8月2日(金) 日々ROCK的な・・・



モダニストヴィジョンを考えることにより
10代だった頃の僕は人生の目的と楽しさを
捉える事ができた。

目に見えている事を人様に聞いたり、本を読んで
知ったりすることだけではなくて、自分自身が
考えるという事によって多くの想像が湧いて来る
ものでした。

モダンであることの意味とは、これがモダンであり
美であることを自分自身が感じとり、つくりあげることが
重要なことであり独自性というものを
画家や音楽家、建築家、あるいは文学家や医師などから
その独自性の重要性を感じとってきたものです

人のモノマネみたいものは、なんとなくわかるけど
モノマネであっても本家よりも優れたものをつくりあげる
ことによりもっと独創性あふれるものができあがることを
ロックミュージシャンであったり画家などから
学ぶこともできました

学校の先生に教えられる事って先生にもよりますが
教科書どおりにそのことを教えてくれてもなにも
伝わらないし面白くもなんとない。勉強は面白いもので
なければ誰も勉強になど感心など持てないと少年時代に
僕は思いました。

試験のための勉強なんてごめんだし
受験のために勉強など拒否したいと
小学校1年生の時にすでに思いました。

なんでそんな早くから思えたかと言うと
僕は三男坊だったこともあり
二人の兄を見ていて、そのことが
よくよくわかったと言う事もあります

学校の成績って1番もいれば最下位も
います。だったら最下位でもいいんじゃないのか?
そう少年時代に思いました。本当は義務教育の
中学で学校の勉強って終了してもいいのでしょうが
高校に行く目的とは僕にとっては
15歳で学校生活を終えるのは早すぎると
考えたからでした。16歳〜18歳までの
3年間で新しい友達もできる
友達をつくることや友達を観察することは
高校の3年間というのは僕にとっては
とても重要なことだったように思いますね

モダニストヴィジョンを考えた時に
10代のときにしかできないことって
たくさんありましたね

勉強というのは誰かに言われて
やるものではなくて自らが
オタクとなって好きな事に
没頭し掘り下げて行く事
それが後々の自分の
骨となり血なり
生かされてきます

モダニスト的な捉え方を
早いうちに持つと
未来はもっと楽しくなる
そんな気がします

ミックジャガーやデビッドボウイ
あるいはポールマッカートニーなど
僕が物心ついた頃には
モダニストヴィジョンをもっていた
アーティストだったのは
言うまでもありません


SAIKAディレクター 齋藤嘉弘





2019年8月1日(木) 日々ROCK的な・・・



僕は少年時代からROCKとアートとファッションと
この3つの事に興味を持ち、この3つに関連することを夢中で摸索し続けて
現在に至っているわけです。

小学、中学、高校時代まで全くといいほど教科書など開くこともなく
ただ、ただひたすらにこの3つの事だけに集中してきました。
所謂今で言うところのオタク的な日々だったかもしれません。

学生時代の事を振り返ると、図書館で興味がある国の事を
文化、芸術、政治など勉強になっていました。
勉強しようと思っていたと言うよりはロックや芸術やファッションの
歴史を知りたかったことに対して自ずと覚えていた感じがします
例えば、その国の建築様式に興味をもったり、その国の食に興味を
もったり、生活様式に興味を持つことにより、その時代の生活背景
を考えると政治のありかたもその時代により知らないとなんで
そういうことになっているのかがわからないから知るという
具合だったように思うのです。

勉強と言えば、国語、数学、理科、社会、英語というように
おおまかに言えばこの5教科なわけですが、学校の授業で
覚えなくても他のことから学ぶことも可能だと言う事
だったように思うのです。

あとは多くの友達をつくることです。
先輩や後輩も含めて、勉強のできる優等生、あるいは
勉強な全くしない人でも、自分の知らないことを
どんな人からも学ぶことができました

ロックとアートとファッションと
この3つの事から多くの知識を得る事が
できてきたように思います

SAIKAディレクター 齋藤嘉弘


2019年7月31日(水) 日々ROCK的な・・・



デビッドボウイもルーリードもマークボランもイギーポップも
かなりの影響を少年時代に与えてくれました。

とは言っても僕はミュージシャンになりたいとは思う事って
なくて、ヘアやメーキャップ、コスチュームのほうに興味が
ありました。

レコードジャケットのデザインに憧れてました。ROCKの
表現方法ってなにもミュージシャンになるだけの事だけじゃ
なくて、ロックに携わる職業や仕事ってなんでもあるんですよね。

そして僕の場合は少年時代から音楽だけ好きだったわけじゃないので
いまだにずっと同じ目線で日々ROCKでいられるんですね。

SAIKAディレクター 齋藤嘉弘


2019年7月29日(月) 日々ROCK的な・・・




髪型というのは生理的なもっともわかりやすい感情だと思う
感情なのだからヘアスタイルが自分に似合っている事であったり
主張していることだったり大切なことでもある

SAIKAディレクター 齋藤嘉弘


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