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ROCK DIARY 2022年12月 3ページ目

2022年12月8日(木) 日々ROCK的な・・・



ギタリストについて僕の個人的な解釈とジャンル、また
音の違いについてお話させていただきますね・・・
 
僕は先にもお話させていただいているとおりただのリスナーであり
ミュージシャンではないので楽器の事や機材などについての
知識はありません
 
これまで僕は沢山のギタリストに刺激を受けてきておりますし
僕の人生はその時々のギタリストの音に魅せられてこれまで
どんな辛いときでも乗り越えてこれたと思っております。
 
数々のギターヒーローは僕にとっては生きる励みとなって来た事を
大袈裟かもしれませんがそんな想いもあるのです・・
 
僕にとってのギターヒーローの始まりは、時代背景的にヤードバ−ズからの
俗に言う3大ギタリストになります
 
エリッククラプトンにおいてはクリーム、ジョンメイオールブルースブライカーズ、ブラインドフェイス、デレク&ドミノスと
ギターサウンドだけではなくファッションにもだいぶ感化されてきました
特にデレク&ドミノスやデラニー&ボニーにおいてアメリカ南部のレイドバック、
サザンロックは10代の僕を虜にしていきました。オールマンブラザースバンドに
のめりこむきっかけもクラプトンが導いてくれてと言っても過言ではありません。
クラプトンはそれだけではなくブルースのかっこよさを教えてくれた教祖的な存在でもありました
BBキング、アルバートキング、フレディキング、ロバートジョンソン・・数々のブルースギタリスト
に興味を持たせてくれたのもクラプトンのおかげです。
 
クラプトンがギターの神様とよばれるのは
僕が個人的に思う事は、数々のギタリストを世界中に知らしめて来た張本人であり
その偉大な功績ははかり知れません。
 
そしてジェフベックは歌を歌わない正真正銘のギタリスト、僕がインストに目覚め
クロスオーバー、そしてフュージョンにのめりこむきっかけつくってくれたのが
ジェフベックでした。数々のテクニックのあるフュージョン界のレジェンドギタリストを
聴くきっかけにつながりました。
 
もしもあの時代(70年代中期)にジェフベックがインストではなくて
常にボーカリストをしたがえていたならば、僕が中学生でフュージョンを
聴くことはなかったかもしれません。ベックボガート&アピスは衝撃的な
スリーピースでしたし、あのカタチこそ本来ロックとしてシンプルに
かっこいいと思えるものでした
 
ジミーペイジのつくりあげたレッドツェッペリンの数々の名曲、そして
ペイジにしか出せないギター音!10代だった僕がもっとものめりこんだのが
クラプトンではなくベックではなくジミペイジでした。
 
レッドツェッペリンという音は10代の頃の僕のもっとも刺激くれた
サウンドだったのです
 
あの頃、ジミーペイジはギターがへたすぎる!ギタリストとしては
最低レベルだと酷評される中、ペイジはギターが上手くても曲が
良くないのはダメだと言い切りました
 
10代だった僕は、いやはや、そのとおりだと思ったものです
 
僕らの時代、もっとも衝撃的だったのは
やはりジミヘンドリックスの存在だったとも思うのです
 
僕はギタリストを語るときジミヘンドリックは語らない
ことに決めています。
 
それはあまりにも特別な存在だったからです。
(そんなロックフリークスは僕だけではなくて沢山いると思うのです)
 
三大ギタリストに続いて中学時代にやはり感化されてきたのが
リッチーブラックモアの存在でした
 
ギタリストを語る時にリッチーの存在はあまりにも大きな存在です
 
70年代中期、リッチーはいまやエリッククラプトンの時代ではない
俺の時代なんだとリッチーは言い放ち
 
いやはや、かっこいいと思ったものです
 
ギタリストの話はまだまだ続きますが
とりあえず、三大ギタリストとジミヘンドリックス
リッチーブラックモアの5人は僕らの時代は
特別な存在だったということなんですよ
 
これはギターワールドに惹き込まれる僕の
個人的な最初期の話です
ここからが本題にはいりたいのです・・・・・


2022年12月7日(水) 日々ROCK的な・・・



ギタリストのプロはいったいどんなきっかけで
ストラトやテレキャスターやレスポールを選ぶことに
なるのでしょうか?
 
はたまたグレッチもしかり
あるいはモズライトも同じく・・・
 
そのほとんどは、自分がリスペクトするギタリストと
同じモノを使いたいからの理由が最初のきっかけが
ほとんどだと思うのです。
 
もしも僕もギターが上手かったなら
ニールヤングが使用していたギブソンのOld Black
69年製をいずれ手に入れたいと思っていたのかも
しれません・・・
 
さて僕は15歳くらいまではブリティッシュロックを
聴いてきたのですが、その後アメリカのミュージシャンにどんどん魅せらて行きました
 
オールマンブラザースといえばデュアンオールマンと言いたいところですが
ディッキーベッツのカントリー的なアプローチやギター音が僕の心には響いて
きました。なのでウォーレンヘインズがギタリストとして採用されたときは
最初は違和感でしかなかったんです。このギターの音はオールマンにはあわない
そう思っていました。しかしデレクトラックスは最初から違和感は感じた事がありません。
 
しかし、言うほど僕には上手いギタリストには思ってはいませんでした。まだ
ここまで有名になる前は恵比寿のライブハウスでも来日時演ったことがあったので
一番前観た事もありますがテクニックはあるのですが、僕には当初、響いてくるものが
なかったのは確かです
 
僕は思春期の頃から、人の言う事を話は聞くけど、うのみにしないで
自分で判断するようにしてきました。
 
なので音楽評論家の話は参考にはするけど僕的言えば
当たっていないことがほとんどだと感じて来ました
 
なにが、現代の三大ギタリストだよ!
 
そもそも三大ギタリストなんてつける意味がまったくお門違いです!
 
ザバンドのロビーロバートソンは僕がもっともリスペクトするギタリストの
お一人でもあるのですが、ロバートソンが抜けてからのザバンドは名前を
変えるべきだったと思う所もあるのです。
 
と言うのはロバートソン以外にザバンドのギターはできない!それって
ツェッペリンで言えば、ボンゾの変わりのドラマーがいないということと
同じ感覚なんだと思うのです
 
ライクーダーの音楽との出会いは僕にしてみればアメリカ音楽を聴きはじめた
ことで注目しないわけがありませんでした。
 
当然、ライのつくりあげたサウンドトラック
アルバムもオリジナルアルバムも全部聴いてみて、そしてライに出会ったからこそ僕は
ワールドミュージックに興味を持ったということもありました
 
ライのギターへのリスペクトもかなりありまして
ライほど音楽を熟知しているミュージシャンもいないのではないかと思う所もあります。
ギターのテクニックも僕は白人では超一流でありBBキングをはじめ三大キングのどの人と
演奏を共にしても違和感のないギタープレイを魅せてくらている思うのです
 
デビッドリンドレーのギターテクニックとの出会いも僕にしてみれば鳥肌のたつことだったし
リンドレーもリスペクトし続けてきております。
 
以前、ライとリンドレーのギターだけのライブを五反田の簡易保険ホールで観た事がありました
あれは大袈裟ではなく僕を大感動させてくれたライブのひとつでした。
 
ライとリンドレーの音楽のルーツがとにかく僕は大好きなんですね!
アメリカの古くからある音楽であったりワールドミュージック!
たまらなく心に響きます
 
ギタリストの名前を出して僕の人生を支えてくれた音楽
をお話しますと、まだまだ沢山いますし語り尽くせない
感じもします
 
ジョニーウィンターやスティビーレイボーン、ビリーギボンズ・・・
 
アメリカ音楽から
僕の人生の半分以上は支えられてきたんですね・・
 
ギターの話はまだまだ続きます・・


2022年12月5日(月) 日々ROCK的な・・・



マークボランとの出会い!そしてデビッドボウイとの
出会いが僕の人生を決定しました・・・
 
1972年小学6年生から73年の中学に上がる頃でした
 
僕自身は完全なるノーマルでもありましたが、小学生当時テレビで
見る美輪明宏、ピーター、美川憲一、カルーセル麻紀・・・
などにひじょうに興味を抱いてました
 
妖麗であり、男なのに女、女なのに男・・
どっちともつかないその姿に魅了されていました
 
後に知る言葉で、耽美的な・・・
 
谷崎潤一郎、三島由紀夫。永井荷風、夢野久作・・
オスカーワイルド、ボードレール、マキルドサド、エドガーアランポー・・・
 
そして極めつけは、アルチュールランボウやその訳した小林秀雄、また
中原中也などに少年時代から青年期にかけてのめりこんでいく自分がいました
 
耽美主義的な思想ともいえるこの事に生涯をかけて興味がそそられて
きました
 
ここで間違っては困る事が
 
僕は同性愛者ではありませんし女装的な趣味もありません
単なるノーマルな性を受けてずっと生きてきましたので
興味と趣味が耽美的なものだったと思うのです
 
自分の顔をはじめてメイクしたのは13歳です
男3人兄弟なのでメイク道具は母親しか持っていません
 
というのが一般的ですが
 
僕の実家は資生堂の化粧品を扱うチェーンストア
でしたので、倉庫には大量の試供品が山のように
ありましたので、自室に持ち込む事は簡単な
ことでした
 
女装メイクではありませんよ
 
デビッドボウイやマークボラン、ミックジャガー
ルーリードのメイクを見よう見まねでお化粧していくことが
ひとつの趣味でもありました
 
まさかこの頃は後に美容師になるとは
思ってもいませんでしたけど・・
 
70年代の初め頃のグラムロックと
70年代後半からのニューウエイブの
流れは基本には耽美的思考なので
サウンドは別として同じモノです
 
一連の流れといいますか・・・
 
70年代後半は耽美的なは
デビッドシルビアンやザバウハウスに受け継がれて
いきました
 
ボウイだってグラムロックと言われているのは
ほんの数年の間でありグラムからモードへ
そしてファンクへと以降していきました


2022年12月4日(日) 日々ROCK的な・・・



着たい服がない場合は
どうしますか?
 
自分でつくるしかないでしょ!
 
売ってないんだからつくるしかない
買いたくてもないんだからしかたがない
たとえあったとしても高価なものじゃ
買えません
 
60年代や70年代はそういう時代でした
 
ましてや
 
僕の様に過疎地の田舎に暮らす
ロックフリークスは
 
当然、着る服は断念するしかなかったわけです
 
たまたま僕には10歳上、5歳上の兄がいましたので
60年代〜70年代にかけては最先端なものが着れました
 
おさがりですね
 
しかし
 
おさがりだけじゃダメでしょ!
 
売ってないんだからつくるしかない
 
なので手縫いで中学の家庭科の授業だけの
技術で服を改良してつくったものです
 
たとえばジャージのパンツをパンタロンに
してみたり
 
制服の袖のボタンを必要異常に5個も6個もつけたみたり
 
3個4個だけだとヤンキーと同じになってしまいますからね
 
服に興味を持ったのではなくて
あくまでも物心ついた頃からファッションに興味を持ったんですよね
 
60年代はモッズにおけるファッション・・
それって日本においてはアイビーファッションでもありました
 
60年代、70年代はメンズクラブを2人の兄は毎月買っていたので
それを見ていろいろ勉強しました
 
しかしねえ
 
どうもアイビーってのが苦手でねえ
VANなんか超ダサい服しかない
 
僕にはかっこいいという意味が早いうちから
そういうことではなくて別次元にありました
 
髪型もやばいくらい、恐ろしいくらい
かっこ悪かった!
 
クールカットとか
あの刈り上げたスタイルが若者であっても
なんで自らおっさんにしたいんだろうと
僕はそう思ってましたね
 
やっぱり、ブライアンジョーンズの髪も
服装もかっこいいと思っていたし
キースムーンのスタイルがかっこいいって思った
ものです
 
ビートルズはやっぱりリボルバーのあの頃は
ジョージの雰囲気がかっこ良かったです
 
メンズクラブですか?
 
毎月小学生の頃からかかさず見てました
 
なんで?
ファッションが好きだったからですね
 
街のアイビーリーガーズってページがあって
今で言うところのストリートスナップ写真なんですけど
あれが一番僕は楽しかったですね
 
プロのスタイリストって面白くないって
思って見てました
 
その昔
銀座には
みゆき族って族がいました
 
僕から見るなら70年代の本物の族のほうが
かっこいい!
 
リーゼントに眉毛を剃り落したほうが
かっこいいと思えた
 
パンチよりリーゼントのほうが
良かったかな
 
そうは言っても
ファッションは趣味嗜好のものなんで
 
とやかくは言えないけど・・
 
60年代、70年代の服も髪もスタイリングって
今でもずっと勉強になりますね


2022年12月3日(土) 日々ROCK的な・・・



変わらないというのは
ある意味
凄さ!
 
僕たちの世代は
昭和
平成
令和
と3つの時代を生きてきております
 
時代の変化を共々に感じながら
生きてきました
 
高度成長期
バブル期
バブルが終焉したその後・・・
 
そんな中において
どの時代においても
趣味嗜好を変えない
変わらない
 
そんな人たちが
生き残っているという
事実
 
どの時代においても
変わらないという
強靭な精神力と行動力
 
ミュージシャンでも
それぞれの分野で活動をする
アーティストでも研究者でも・・
 
変わらないというスタンス
 
生きていれば
 
いいときもあれば
悪いときも訪れます
 
いいときは
人は変わってしまう場合も
多々あります
 
悪いときも
また
人は変わってしまうことも
あります
 
しかし
 
いいときも
悪いときも
どんな情況におかれたとしても
変わらないでいれることは
 
その人の性格や人間性というだけではなくて
 
変わらないスタンスを持ち続けるという
強靭な精神力
 
時代が変われば
変わることが
当然といえば
当然
 
しかし
 
変わらないでいられる
精神的なことは
 
おそらく
 
その人
自身にしか
わからないこと
なんだと思うのです
 
人の話は参考にしても
人の話を鵜吞みにするな!
 
そんなスタンスで生きてこれた
人でしかわからない境地
 
変わらなければならないこと
変わらなくていいこと
 
難しいけど
 
自分自身がすべて
選択してきたこと


2022年12月2日(金) 日々ROCK的な・・・



ダーウィンの進化論なんですけどね?
 
子供の頃からずっと思って来ている事なんですけどね・・・
 
ほんとなんですかね?
 
そう、思い込ませているだけで
本当はね・・・
 
違うんじゃないのかって思うんですよ?
 
だって猿が人間に進化しますかね??
 
絶対おかしいですよね?
 
じゃ
説明しろよ!ってことに
なりますけど・・
 
おそらく
どっかの惑星から移り住んだんじゃないんですかね?
 
進化論は・・・
生物が進化したものだとする提唱、または進化に関する様々な研究や議論のことである。 生物は不変のものではなく長期間かけて次第に変化してきた、という仮説に基づいて、現在見られる様々な生物は全てその過程のなかで生まれてきたとする説明や理論群である
 
これって
信じていいのかな?
 
仮説でしょ!!!
 
猿が人間になりますかね?
 
ないでしょ!!
 
人は人
猿は猿
犬は犬
違いますか?
 
何事も習ってきたことを
疑ってみてもいいんじゃないですかね?
60歳過ぎたら
もうあとは死にむかっているだけだし
知っておくべきことを
知ったほうが
気持ちよく
あの世に行けるし
 
とは
言っても
あの世?
ってどこなんですかね?


2022年12月1日(木) 日々ROCK的な・・・


sibuyaに住みはじめて30年になるのですが・・
 
渋谷を大人の街に変えようと言う動きが
ずっと続けられていますが
僕、個人的には
渋谷は若者の街にすればいいと思うんですよ
 
世界的にも渋谷ってそういう街として認知
され続けられて来ているのですから
何も大人の街になんかする必要がないと
思うんですね
 
渋谷は個人でお店を経営しようと思っても
とにかく家賃が高くて長くは続かない店が
多いんですね
 
いっそ、渋谷は坪単価を一定にして保証金も
高額にしない制度をつくってもいいんじゃ
ないかと思うんですよね
 
大家さんにしてみればふざけんな!と思うのも
当然ですが
 
国や渋谷区がそういう協定をむすぶとかして
やればいいんじゃないかと思うんですよ
 
早い話が渋谷は若者が主導権をもつ社会をつくりあげて
区長も30歳定年にして新しい社会体制をつくる
世界に先駆けた街づくりすればいいんじゃないのって
思う訳です
 
これから少子化は避けられません!
 
渋谷は外国人も永住権をとれたり
治安が悪くなるどころか
若者主体のモデル地区となれば
いいとおもうんです
 
というふうに・・・
 
少子化を大人がみんなで解決策を
考えていかなければ
間に合わない感じもします
 
はっきり言って
渋谷に限っては
どの政策も失敗してますね
 
30代、40代にあてた街づくりは
一時的なことでしかありません
 
10代、20代ではお金を落とさない
商売にならない?
 
そうでしょうか?
 
価値観が大人が知らないだけで
どんどん変化していく現実もあります
 
逆に40歳から70歳までが
お金をおとさなくなりつつあるんですね・・・
 
この現実って
わからないことのほうが多いのかも
しれません


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