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ROCK DIARY 2017年2月

60年代ロックファッション



少年時代、ロックフリークスになっていくきっかけとは、それぞれにあるのだと思います。僕にとってはロックというサウンドだけではなくて、アーティストの髪型やファッションやアーティストのレコードジャケットや生き方やそういう全般にわたって見ていました。それらを総合してカッコイイとかあまり好きじゃないとか否定と肯定を模索してみてきました。すなわち、かっこいいってなに?その問いかけを幼少期からすでに考えていました。日記をつけるきっかけとなったのは、カッコイイってなに?ということを書き留めて、スクラップしていくものでした。



60年代〜70年代にかけての高度成長期時代の音楽(ROCK)やミュージシャンのファッションは子供の僕にはとても刺激的なものでした。どれもこれもかっこいい!早く僕も大人になりたいという欲求が常にありました。大人になったら、髪を伸ばし、髭をはやし、裾の広がったパンツを履きたい!そんな60年代の頃の僕がいました。



いつもミュージシャンの着ているファッションが気になっていました。そして髪型でした。ROCKはなにも音楽のことだけを言うのではなくて、その人の身なりじたいがロックなんだと幼少期に思ったことでした。連れている女性もかっこよかった!子供の僕にはここも重要なポイントでもありました。連れている女性が素敵???そんなとこみてた子供ってそうそういなかったんじゃないでしょうか?カッコイイと思うミュージシャンはみんな60年代当時、彼女や奥さんがかっこよかった。



女性は教養を身につけたり、女性としてのふるまいなど大切なんじゃないかと考えていたこともあります、上品と下品をうまく表現できる女性は少ない。かっこいい女性はそのどちらも兼ね備えており、雰囲気を醸し出していたものです。なにはともあれ、女性はファッションに興味がないというのは子供の僕には最もナンセンスはことだと考えるようになっていた60年代当時だったんです



60年代〜70年代にかけて僕はロックイコールカルチャーとして捉えて行くようになり、音楽だけではなくて、音楽をとりまくグラフィックス、ヘア、メイク、あるいは、その時代の食や住居、車やショップなどなど、あらゆる角度からロック的とかかっこいいとかお洒落だと考えられるものを模索していったのでした。それが60年代の僕でした


ROCKって?



エルスケンの写真集との出会い

高校生の頃にオランダの写真家であるエルスケンの写真と出会った。エルスケンの撮る写真は衝撃だった。なにがって?かっこいいって単純に思えたからだった。こういうのがROCK的なんだよなって素直にそう思えた。ROCKってなにも音楽のことだけのじゃない!いろいろな角度から探り、考えると、ROCK的なことってストレートにかっこいいって思えることがROCKなんだってそう思えた。



かっこいいって思えるものを創りたい!単純に僕はそのことしか頭になかった。10代の頃、いろいろなことを試行錯誤を繰り返したものだ。髪型もそのひとつだったが自分でジーンズを切って縫い合わせてみたり、ジャージのパンツをパンタロンのようにしてみたり、学生鞄にバンドエイドをべたべた貼付けたり、いろいろと試した。結果はいつも同級生には笑われたが、僕は自分でかっこいいと思う事に単純に挑戦し続けてみた。



エルスケンの写真はモノクロームの世界だった。男性の表情や女性のしぐさや、そういう空気感が伝わってきた。とにかくかっこいいって思えた。


ROCK DIARYはすでに小学生当時から書いていた



SAIKAディレクター 齋藤嘉弘  友人宅の裏山にて(1977年、17歳)

日記をつけることが小学生の頃からクセになっていた。観察記録とでも言うのでしょうか?見たもの、聞いた事、興味をもったことを日記に雑誌の切り抜きだったり新聞の切り抜きだったり、面白いと思ったものを書き込んでおいたり、そういうことをクセにしていた。自分的に、それは、これってROCKだよなんて勝手に思ったことを記録していた。それを誰にも見せない、評価してもらえないというのもマスターベーションになってしまうので、とりあえず母に見てもらったりしたが、母云く、なんだかさっぱりわからない!と言われるだけのことだった。こういう日記をつけるということが僕の記憶力の発達にずいぶんと貢献してくれたものだ。10年に一度、読み直して全部書き溜めものを捨てた。というのは、全て記憶してるのでとっておく必要はなかった。よく言われるのが、そんなに記憶力いいなら、なんで勉強も頑張らなかったの?かって、勉強ってROCKじゃない!勉強を拒否することが僕にとってはROCKだった!などと、今ではなんとでも言える事だよと笑われるだろうが・・・・僕にとっては本当のことだった!さらさら、勉強することなどに興味などなかった!小学生の頃から、大人の成人誌を見たり、読んだりすること、ようするにカルチャーを知ることは、同世代の友人よりも1歩先を行っているような錯覚さえあったものだ。それは優越感とは違い、自己満足を楽しんでいたにすぎない。こうして僕のROCKダイアリーは今はじまったわけではなくて、かっこつけて言うならば、生まれながらにしてはじまっていたのだと思う・・・



マリリンモンローとプレイボーイマガジン



マリリンモンローとプレイボーイマガジン

60年代〜70年代においては、ROCKって男の子にとって必須のアイテムだったのではないかと思う事があります。僕が思うに、ROCKってなにも音楽だけのことに限ったことだけではけしてなくて、性の目覚めもROCK的な衝動なんだったと思うのです。まだ小学校の低学年だった頃に10歳上の兄の部屋でプレイボーイマガジンを隠れて覗き見した時の衝撃は今でも記憶に残っています。マリリンモンローのセクシーなポーズやエロティックである雰囲気にはかなりショックを受けたものでした。きっとROCK MUSICと女性に興味を持った事は同時にあったように思うのです。



雑誌の表紙のかっこよさを感じ、そしてページをめくりドキドキすることって、レコードのジャケットのかっこよさから想像してターンテーブルのレコードに針を落とす、そんなことと似てると思うのです。小学生の僕にとってROCKへの目覚めはきっと他の同級生たちよりも早かったかもしれません!



可愛いと綺麗。清純と不純。僕は小学生の低学年でそういうことの想像を巡らせていきました。ROCKって理屈なんかじゃない!衝動なんだと感じていくよになりました。



ROCKとはその人の価値の追求でもあり、その人にしかわからない秘密。そしてそのひとにしかできない価値の表現であり衝動であると思うのです。




モッズファッション



WRNGLER


カウンターカルチャーとジーンズ

モッズとホワイトジーンズ
1960年代前半にイギリスで流行したモッズムーブメントにおいて、モッズたちは「リーバイス501」よりも、新しく発売された「ホワイトリーバイス」や「リー・ウエスターナー」を好んで穿きました。その陰には、リーバイスやLeeのヨーロッパ進出がありました。

細身のスーツ、細身のシャツ、股上の浅いパンツを穿くモッズたちにとって、労働着としてのダボダボしたジーンズよりも、細身の白いジーンズのほうがスタイリッシュに感じられたようです。

このような流れの中でリーバイス、リー、ラングラーといったジーンズブランドは、ヨーロッパでの普及もあり、空前の売上げを誇ります。60年代半ば、リーバイスは年間で1億本のジーンズを売上げます。











ホワイトジーンズはモッズの基本アイテムとして60年代より愛され続けています。ロックとファッションの関係性ってとても重要なことでもあり、僕も小学生低学年の60年代の頃にはすでにホワイトジーンズを履いていました。とは言っても兄のおさがりであるのですが・・・・

SAIKAディレクター 齋藤嘉弘

なにはともあれ、ジミヘンドリックって別格!!



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Jimi Hendrix

リトル・リチャードのオリジナル・ロード・バンドとして有名なアメリカのジ・アップセッターズです、ジミ・ヘンドリックスも参加していました

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Little Richard with Jimi Hendrix

若き日のジミヘンドリックスとリトルリチャードとのコラボ!もう、こんな時代からこの二人、ただものじゃないですよね!なにがって、ステージファッションじたいがカッコイイ!やっぱね、お洒落ってとても重要なことであって、格好わるいのはROCK!!じゃないよね!
THE FAMOUS UPSETTERS - Cabbage Greens / K.P. [Sound Of Soul 105] 1966

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Little Richard with Jimi Hendrix

ジミヘンドリックスは1964年9月にはリトル・リチャードのツアーにジ・アップセッターズと共に同行しており、リトル・リチャードの<Vee-Jay>レコーディング(「I Don't Know What You Got (But It's Got Me)」)にも参加した

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Little Richard with Jimi Hendrix

ジミヘンドリックスは元々セッション・ミュージシャンとしてキャリアをスタートさせているが、(初録音は1964年22歳の時に Don Covay のヒット曲「Mercy, Mercy / Can't Stay Away」の2曲で印象的なギタープレイを披露している)1965-66年頃になると道場破りを挑む様にあちらこちらに露出する様になり、 The Squires の他でも、多くのR&B/ソウル・シンガーで伴奏していた様子です

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Percy Sledge with Jimi Hendrix

Cabbage Greens」は、ブルージー&ファンキーなキング・カーティス風のインストゥルメンタルで、
Jimi Hendrix (左)バンドの連中をもはやよせつけないかっこよさがありますね!主役はヘンドリックじゃないのにね!さすがジミは目立つわ

そして「K.P.」は、1967年に大ブレイクを遂げる彼のスタイルがすでに完成しているといえる、アルバート・キング直伝の(1965年1月に二人はジャムっている)、直情型電撃ギターが実に強烈な2サイダー!

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The Upsetters

50年代アメリカが幼少の頃の憧れでした



リトルリチャード

幼少期にリトルリチャードをなにかの雑誌で目にして、かっこいいって思いました。エルビスプレスリーもしかりですが、リトルリチャードのメイクアップには実際に驚きでした。50年代アメリカを夢見ました。音楽だけではなく映画や雑誌などアメリカのカルチャーやグラフィティに最初に興味をもったのです。ザビートルズを知るのはその後でした。



幼少の僕にとってアメリカンカルチャーはその後の人生を楽しいものにしていきました。映画の中のワンシーンのかっこよさ!女優さんの色香、男優さんのシブさ・・・こんな事って幼稚園の頃にすでに僕の感性を育てる材料になっていったのです。今、思えばROCKというのは自分にとって音楽だけのことだけではなくて、カルチャー全てをROCKとして写ったいたのだと思うのです




プリンスが登場した時は僕は10代になっていましたが、この人こそリトルリチャードの現代版だと思いました!なにしろまず、黒人とはいえ顔が理想的にかっこよかった!そしてコスチュームもパフォーマンスも50年代のリトルリチャードと重ねあわせて見ていました!



50年代グラフィックは幼稚園時代の僕の想像力を加速させていったのは本当のことです。マセていたというよりもただ好きなことに没頭してしまう子供でした


SAIKAロックダイアリーが始まりました!!


 SAIKAディレクター 齋藤嘉弘 (16歳)

SAIKAロックダイアリーが此のたびはじまりました。これまでロックブログを書き続けて来てリニューアルをし新たにロックダイアリーとして生まれ変わりました。全国のロックフリークの皆様からはこれまでに、グラムロックのメイクにおいてのポイントを教えて欲しいとかパンクヘアにおいて、どう髪を逆立てればいいのか教えて欲しいとか、あるいはニューウエィブ時代の髪のたたせ方のセット法を教えて欲しいなどの問いあわせは僕にとってはとても嬉しい質問でした。全国ともなりますと、そうそう東京には来れない方も多く、また地方から来店された方にはとても感謝しております。ロックファッションはなんとか全国どこでも手にいれることができても自分にとって、そうそうこういうHAIRにしたかったというのはなかなか難しいですよね!思ったとおりのROCKなHAIRはなかなかできないという事を僕自身がまだ美容師になる前から悩んでいたことでもありました。ロックフリークスはまずは、髪型から!これって重要なことです!僕はミュージシャンという道を選択するのではなくてロックフリークスの為のヘアスタイリストを10代の頃から目指しました。1993年にSAIKAをオープン以来、一般のロックファンはもちろん数々のインディーズのミュージシャンや音楽関係者も来店されております。僕はロックフリークスの皆様にお伝えしたいのは、髪型を諦めるな!!ということなんです。モテヘアとか無難なヘアも時にはいいのでしょうが?僕が思うのは、死ぬまでロックンロールでしょ!!ならば、髪型さえかっこよければ死ぬまでロックンロールでいれるという確信さえあります!是非ロックフリークスの皆様はご来店ください!流行のフェス好きのなんちゃってロック好きとは案外違いがわかると思います

  SAIKAディレクター  齋藤嘉弘

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